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才能溢れる宮本大と、才能なき自分。そして知る新たな“才能”『BLUE GIANT』【寄稿: 徳谷柿次郎】 #座右の漫画 #徳谷柿次郎 #BLUE GIANT

徳谷柿次郎
執筆者:徳谷柿次郎

「自分には何の才能もない」

 

10代、20代はその思いにとらわれていた。その気持ちの裏側には「ひとつの物事に対して、努力し続けたことがない」という想いが肥大化した“コンプレックスお化け”が強く居座っている。こいつは全然成仏しないやつだ。しかも、心が追い込まれた時に現れる。

 

目の前の課題や悩みに手足を縛られて、自己投資に繋がるような行動に転じることができない日々が長く続いた。3年、5年、10年…。幼い顔立ちのまま歳を重ねていく。同世代どころか、随分年下の知り合いが社会に飛び出して、与えられた役割の中で人生を謳歌していた。

 

そんな眩しい姿を傍目に、20代前半の頃は非正規雇用のアルバイトで日銭を稼いで、残りの時間はインターネットの仮想空間に入り浸っていた。この世界は偽りの自分を認めてくれて、社会的な立ち位置をハンドルネームやアバターといった記号でぼやかしながら活動することができる。コンプレックスお化けが現れる隙間は基本ない。とにかく居心地が良かった。

 

ただ、ある時期から境界線が曖昧になってくる。インターネットの世界で背負ったハンドルネームのまま、リアルの世界へ飛び出す機会が増えたのだ。そこには、実社会に少しも馴染めない、うっすらとした闇が見え隠れする人たちが集まっていた。ただ、一つだけ正義としてそのコミュニティにあったのは、「おもしろい」かどうか。インターネットの世界で自己表現を磨く集団とも言える。

 

居心地は良かったものの、リアルとネットの境界線が曖昧になったが故に否が応でも自己と向き合わざるをえない場面に遭遇する。いくらインターネットの延長線上とはいえ、人間と人間が感情をぶつけあう世界だ。時には正直に向き合い、時にはずる賢く避ける。その繰り返しの中で自己形成を加速させる。しかし、その過程でまたも忘れかけていたあいつが、「おう、元気だったか? お前は何も変わってないぞ?」と囁きかけてくるのだ。そう、“コンプレックスお化け”である。

 

「自分には何の才能もない」

 

上京直後の27歳。一世一代の勝負に出たが、またこの言葉に心を喰われた。

 

ーー

 

漫画『BLUE GIANT』は、「才能」を残酷に描いた作品だと思っている。主人公の宮本大は、世界一のサックスプレイヤーになるという夢を信じて、ひたすらにまっすぐ突き進む。他人の目は一切気にしない。毎日、毎日、夢見た世界へ近づくための努力を惜しまない男だ。雨の日も、雪の日も、地元・仙台の河川敷でサックスを吹き続ける。

 

努力値を溜めた適切なタイミングで、宮本大は公の場で演奏する機会を掴み取る。それまで彼の存在を一度たりとも認識していなかった人々は、圧倒的な力強いパフォーマンスに心を奪われ、何度も言葉を失い、そして感情がマグマのように湧き上がる。鳴り止まない拍手と歓声。頭の中で音楽と感情が脳内再生される漫画表現は、これまで読んだ音楽ジャンルの作品とは一線を画している。別次元だと言っても過言ではないだろう。

 

毎日の努力を積み重ねられる「才能」。夢に繋がる階段を一歩ずつ強く超えていける芯の強さ。周囲の人間はグングンと巻き込まれ、その回転数についていけなくなった瞬間に弾き出される。成長の螺旋があまりにも急だからこそ、自分にとって必要な道を選び続けられるのが宮本大の強さなんだろう。

 

友人や仲間との「別れ」が淡々と描かれているのも、そのブレない心が成せるものなのか……。このあたりは深く触れず、読む人それぞれにその描写と感情を味わってもらおう。正直、『BLUE GIANT』を語ろうとすると、必要以上に言葉を使うことが野暮に思えてしまうのだ。頭を悪くすれば「めちゃくちゃ面白い」。これに尽きる。

 

ーー

 

気づけば35歳。上京して8年の月日が流れた。

 

この間、一度は目指したライターの道を諦めて、人が面倒くさがる仕事や役割に率先して手を挙げるよう努めていた。小さいことで言えば、飲み会の幹事、結婚式の司会、フットワークだけで飲み会に参加などなど。また、転職先のベンチャー企業では、ディレクション+総務+経理+広報のような要素を、薄く足し算しながら埋めていった。愚直かつ、根性論で乗り切る。これらの小さな努力の積み重ねは、自覚的に「人生で初めてやりきったこと」だった。

 

なぜ、初めて努力を継続できたのか?

 

今振り返ってみると、「自分には何の才能もない」ことを何とか飲み込んで、時間をかけてゆっくりと消化できたからだろう。一度喰われた心は、かさぶたができた状態で少し分厚くなった気もしている。

 

何よりも大事な姿勢を得られたのは、「編集者」という【才能を自ら発掘する仕事】に行き着いたことが大きい。0→1で新しい何かを生み出せる人間が近くにいれば、そこにコンプレックスを抱く必要はない。むしろ自信を持ってその仕事に取り組んでいけば、「才能を見つける才能」が開花するかもしれない。それが僕の進むべき道だと思った。

 

32歳ごろに開き直って謎の自信を作り上げた。それから今に至るまで、コンプレックスお化けが現れることは二度とない。ひたすらに自分が信じる道を突き進んだ結果、小さな会社を立ち上げるまでに至った。挫折とコンプレックス。謙虚さと素直さ。野心と好奇心。あらゆる燃料を糧にして、今がある。

 

ーー

 

『BLUE GIANT』から読み取れるのは、

 

「才能=やるべきことに気づいた時に、そこに向かって努力し続けられること」

 

であること。そこに、遅きも早きもない。

 

人生に追い込まれ、極限状態でやるべきことに気づく人間が大多数だ。
一方、宮本大のように10代で大きな目標に向かって努力し続けられる人間もいる。
どっちが正解、というわけではない。どっちでもない人もいるのが現実だ。
『BLUE GIANT』は、両方の人間を感動させる力を持っている。
だからこそ、力強く生きる主人公の姿に、登場人物の誰かに、自分を重ね、魂を震わせるのだろう。

 

「才能」に悩まされた人は全員読んだ方がいい。それほどまでに素晴らしい漫画だ。

  • BLUE GIANT

    BLUE GIANT

    石塚真一

    ジャズに心打たれた高校3年生の宮本大は、川原でサックスを独り吹き続けている。<br>雨の日も猛暑の日も毎日毎晩、何年も。<br>「世界一のジャズプレーヤーになる…!!」努力、才能、信念、環境、運…何が必要なのか。無謀とも言える目標に、真摯に正面から向かい合う物語は仙台、広瀬川から始まる。

執筆者プロフィール

徳谷柿次郎

徳谷柿次郎

Huuuu代表取締役/編集者

株式会社Huuuu代表。どこでも地元メディア「ジモコロ」/小さな声を届けるWEBマガジン「BAMP」編集長。全国47都道府県を編集しています。趣味→ヒップホップ / 温泉 / カレー / コーヒー / 民俗学

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    【原作】GAINAX/中島かずき 【脚本】中島かずき 【漫画】ののやまさき

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